#練習用

渡良瀬川 岩井山の余談 千年寺・乳房地蔵・長谷川角行

岩井山千年寺の話し 千年寺は黄檗宗黒瀧山不動寺(群馬県甘楽郡南牧村)の末寺であったが 明治7年に廃寺を申請、本尊の釈迦如来像は臨済宗の寺院に移された。 千年寺跡地にある廃屋は、のちの個人宅が倒壊しかけているもの。 ここには、六地蔵などの石仏・石…

渡良瀬川 岩井山の話し 赤城神社・金刀平神社・浅間神社

岩井山は古くは勧農山と呼ばれ、勧農城址がある。 岩井村も古くは十念寺と呼ばれるところにあったが、渡良瀬川の洪水被害により勧農山へ移った。 岩井山には、赤城神社・金刀平神社石碑・浅間神社石祠あり。 明治十年代の三社の(社掌・祠掌・神官)は同一の…

渡良瀬川 南猿田の富士講碑

旗本領であった南猿田村は明治8年(1875)塩嶋村・神明村などと合併 して梁田郡福富村となる。 明和8年(1771)に南猿田河岸が出来て栄えた村であった。 渡良瀬川河川改修により移築した鎮守の八幡宮境内には、地区内に あった小祠などがまとめられている。 …

渡良瀬川 北猿田の余談

天明の災害 水運関係者にとっての火山の恐怖とは、天明3年(1783)浅間山の噴火だろう。足利でも数日にわたって砂が降り、昼も暗く、田畑が埋まったという記録がのこる。砂が降るという天変地異と天明飢饉、利根川の河床上昇による洪水など災害が続いた。渡…

渡良瀬川 北猿田の話し

北猿田河岸にあった石灯篭がJR足利駅に近い伊勢神社の境内にある。 嘉永2年(1849)に、河岸問屋「問忠」が建てたもの。 竿には安全と繁盛を祈願した三柱あり。 「大杉大明神・天照皇大神宮・金毘羅大権現」 大杉大明神と金毘羅船々シュラシュシュシュの…

..が出現した胎内洞穴

船津胎内樹型 江戸末期の御胎内入り口のイメージは宝珠とでも 絵の中には安産祈願の品となるタスキとロウソク、洞穴内を這うための膝当て草鞋などが見られる。 入口に社殿が建てられた明治期でもイメージは変わらず 祭神は木花咲耶姫命。のちに吉田胎内が開…

足利浅間山 浅間大菩薩が出現した胎内洞穴

同じくらいの高さのピークが3つ連なり、中央北面に御胎内がある。 浅間大菩薩=コノハナノサクヤヒメをお祀りするのが浅間神社 浅間大菩薩が出現した場所が御胎内。 中に入って胎内巡りができる訳でもなく、過去に行われていた加持祈祷で焼けた岩穴があるだ…

足利の仙元宮コレ

虚空蔵さまの多くが星宮・妙見社となって行ったように 足利では仙元さまの多くが富士獄・浅間社と名称を変えていったが、いまも残る仙元宮があり、名称を変えたところでも石祠の額などに仙元宮の名が見られる。 明治以降は、石祠の額も浅間大神・扶桑教大神…

足利の富士信仰 赤卍講の星祭り

きょうは冬至の日ということで、星まつりの話し かつて足利の赤卍講では、冬至の日に「星祭り」と呼ばれる占いが行われていました。 信者が紙に願い事を書き、その紙を行者がお焚きあげをして燃え残りかたによって吉凶を占ったという。 お焚きあげによる占い…

先達 正田正行が探し当てた、コノシロ伝承地 「 癸生浅間神社 」

栃木の民話に「娘の身代わりにヒツギに魚を詰めて焼き、偽りの葬儀をした」という物語があるが、 このときに焼いた魚がコノシロであるという。 「コノシロ」 天孫瓊瓊杵尊バージョン(*解説するとしたらこんな感じ) サクヤ姫に一目惚れした天孫ニニギは、…

「足利学校国宝展」で見る国宝書籍 (からの林羅山)

「足利学校国宝展」開催中 足利学校が所蔵する4種の国宝唐本が、足利学校内で初公開(今月30日まで) 国宝書籍4種77冊のうち4種16冊が展示されている。 南宋時代の木版印刷本であるが、作られて800年経つ書には見えない。 関東管領 上杉憲実寄進の書に「…

200年ほど前の芝居騒動と、冨士山舞具を見ていた?足利学校19世

県立足利図書館で公開されている「足利の富士講 秘巻の霊統展」の襖絵は、2月1日から入れ替え展示されるようです。 この襖絵が浅間神社の社地に伝わっていたのでなければ、絵師英悦さんの絵と言うくらいにしか感じなかった訳ですが 大昔の足利学校の領民が…

足利図書館 秘巻の霊統展にみる舞具

県立足利図書館の展示室にて開催されていた「足利の富士講 秘巻の霊統展」 土日・祝日は、午後5時までとのことで、閉館前だったので一回り見てチラシをもらい帰ってきた。 足利に伝わる 御身抜きが7点に増え、御伝え や 祝詞なども加わり、以前に足利美術館…

今だからこそ世界遺産 「日光」! 星宮神社から

群馬県の富岡製糸場が世界遺産に、富士山は登録一周年ということで あえて、栃木県の世界遺産「日光」につながるような話を。 梁田町の星宮神社から、まずは始めたいと思う。 梁田 星宮神社の本殿 日光の寺社を手掛ける職人達も、厳冬期の日光では寒くて仕事…

明日の、正月3日は 三日月なので、三日月信仰のはなし

足利市梁田町にあった浅間神社は、道向いの星宮神社に合祀され、今は空き地になっている。 星宮神社に建つ石灯篭に見る、三光待講。 星宮の名にふさわしい、星信仰があったようですね。 富士山信仰でも星を祀る「星祭り」が見られ、 藤原月旺の巻物では三光…

天道山 江戸に渡った不思議な鏡

足利の南大月の山を眺めると、浅間山や両崖山からも、松田ダム反射板鉄塔の白ボードが見えます。 戦前には、県内の約200ヶ所で行われた天祭。大月村でも「天ノ祭」を行った山が天道山です。 山頂には日月神社の立派なお宮が建っていましたが、昭和58年2月23…

足利大月村に見る 卍講と村上講

嘉永6年2月、檀家廻りで大月村に訪れた富士御師への勧進差出(22名分の初穂料)の筆頭者が 安藤氏であることが文書の記録によりわかっている。 大月村の安藤氏と聞くと、天道山、日月神社、天道宮、天の祭り、天満宮などを連想する。 また、足利田中町女浅…

足利大月村と富士山御師

足利大月町 東耕地 仙元宮神社 安政2年(1855)村上講 奉納の水盤 水盤の奉納者連名にある福地姓は、村上派の影響が強い足利市大月町や佐野市高山町に見かける。 仙元宮内にある村上講の藤紋は、扶桑教少講義 福地氏の板マネキ。 このほか、福富町の卍講でも…

世界遺産で見る 足利の村上講

登録名称「富士山‐信仰の対象と芸術の源泉」として、世界遺産に登録された 6月26日から 今日で半年。 栃木県足利市からでも、白い富士の山頂がはっきり見えるベストシーズンになりました。。 富士山信仰に興味はないという方。 夏に登山したから、富士山はも…

晴山講の富士参詣 絵馬と天狗と卍の向き

江戸時代中期、富士山北口登山道の茶屋として開業した「中の茶屋」(山梨県富士吉田市)に 建てられている、野州晴山講「(右卍) 登山百十一度 晴山永行(大正十年)」の富士講碑。 石碑には紙垂(しで)やワラジが結ばれていた。 (中の茶屋の向い側には、…

足利の 富士山 手描き絵馬

岡田商店が戦前に販売していた、富士山の手描き小絵馬 (五十部町新屋敷) シンプルに描かれた富士山ですが、とても力強く感じられます。 それは、この絵馬の神社幕と富士山が暗示しているデザインを 無意識のうちに読み取っているから?かも知れませんね。 …

足利 女浅間神社で富士登山

数分で山頂に到着してしまう女浅間神社では、登山自体の楽しさを感じる ことは出来ませんが、少しでも富士登山の気分を味わうために考えて 富士講碑が配置されています。 女浅間神社の富士登山ガイド。 女浅間神社の一の鳥居を、富士吉田市の金鳥居に見立て…

北口御師 毘沙門屋さんの板マネキ

赤万字の書かれた板マネキ(講の広告)は、館林市でも見られますが なんといっても圧巻なのは、山梨県富士吉田市上吉田にある北口御師 毘沙門屋さんでしょう。 上吉田の町が現在地に移転して来た元亀三年(1572)の「吉田之新宿帳」にも 記録が残る毘沙門屋さ…

田崎草雲 手水舎の天井画 ”水神の龍”

鑁阿寺本堂の改修工事により、本堂の屋根瓦がツートンカラーになっていますね。 使える部材は残し、必要最小限の修理をしていくのではなければ それはただの「レプリカ」であると言われますので、瓦の色が馴染むのに 何年くらいかかるのかをチェックしていこ…

足利 女浅間神社の富士講碑

富士山の世界文化遺産登録が実現しますね。 ”おめでとうございます ” 文化的伝統と信仰・芸術源泉の山として 世界から認められた富士山ですが、 足利にも富士山信仰と、世界的な芸術作品として 富士山を描いた画家「田崎草雲」がいました。 6月1日の足利富士…

足利郡大月村の  「 四世 藤原月旺の御見抜」

足利の大月村住「 斉藤与五右衛門 」の息子「権左衛門」は、江戸の茶問屋で働く 熱心な浅間信仰の信者であり、4世 月旺と共に、毎年富士山へ参拝をしていた。 天和3年、里帰りする権左衛門に誘われた「月旺・月心」が足利の大月村へやってくる。 月旺らと…

かつて大月町の仙元宮にあった社殿の万字

足利市大月町の仙元宮神社 旧社殿の祭壇には 左右の壁に、右万字紋(逆万字)が施されていた。 正面の壁には、「 4世 月旺の御身抜(おみぬき)」が掛けられ 祭壇には、この神社に伝わる「赤富士御影」を祀ったのだろう。 神仏習合の時代、この右万字は「仙…

大日如来の胸に万字

日本に伝わる万字の語源は、仏の胸・手足に見られる吉兆のしるしを意味する梵語 (サンスクリット語)であり、「吉祥」や「万字」と漢訳される。 天平創建当時の製造方法を用いて、CGで再現された国宝・盧舎那仏坐像の 胸には右万字が描かれていた。(NHK BS…

胎蔵曼荼羅と万字

鑁阿寺 両界曼荼羅図(胎蔵界) 胎蔵曼荼羅は、八葉蓮華をかたどる「中台八葉院」を中心に「十三の院」からなり 大日如来の説く真理や悟りの境地を、視覚的に表現した曼荼羅である。 大日如来を取り囲む、4体の如来と4体の菩薩が「五転」と呼ばれる流れを表…

富士山頂の胎蔵曼荼羅

江戸の時代、富士の山頂を『八りう』と呼んでいた。 1300年頃の記録にも、「いただきに八葉の嶺あり」とあり さらに古い時代から『八りう』と呼んでいたと思われるが これは富士の頂上にある 8つの峰(八神峰)のことである。 この八神峰を、密教の曼陀羅に…