富士山山頂の金明水・銀明水で作ったお酒の話
北口本宮冨士浅間神社の御祭神である、木花開耶姫命と大山祇命は酒造の神様でもあるという。
父神を酒解神、その娘の木花開耶姫を酒解子神と同じであるとするもので、京都の梅宮大社では、酒解神・酒解子神・夫の瓊瓊杵尊・息子の彦火火出見尊の四柱を御祭神としている。
天皇家の祖先がお酒の神様として祀られているのは、いろいろな神話がベースになっているのだろうが、山の神・水の神・稲作の神、そして山幸彦が集まればお酒が作れそうな気がする。
「竹取物語」よりも古い「日本書紀 」では、木花開耶姫の火中出産に続けて、へその緒を切る話、収穫した稲で天甜酒と飯を作って神様に供える話が出てくる。
「一書曰 初火燄明時生兒火明命 次火炎盛時生兒火進命又曰火酢芹命 次避火炎時生兒火折彦火火出見尊凡此三子火不能害及母亦無所少損 時以竹刀截其兒臍其所棄竹刀終成竹林故號彼地曰竹屋 時神吾田鹿葦津姫以卜定田號曰狹名田以其田稻釀天甜酒嘗之又用淳浪田稻爲飯嘗之」
「神吾田鹿葦津姫(木花開耶姫の別名)は、火中で問題なく出産した。へその緒を切るのに使った竹刀(臍帯血が付いている)を捨てた所は竹林になった。(天孫降臨によってもたらされた)稲から酒と飯を作った」
神様と刀や血が関わる話や、神社にとって重要な稲・水田・酒の話もあるので、数多くの二次創作や神社縁起が作れそう。
北口本宮冨士浅間神社の拝殿には、東京神田の酒造人が奉納した額がある。
額から浮き出た一対の御神酒徳利がとても目立つ。
神社手水舎の霊水や、環境省の選定する名水に選ばれている忍野八海も富士山の湧水。
飲料水が有名な富士山だが、拝殿前に積まれる奉献酒樽は思いのほか少ない。積み上げる酒樽があるだけですごいのだが。
富士山の山頂には、汲んでも尽きない泉といわれた金明水と銀明水があったが、現在では枯れてしまった。
富士山頂の泉から霊水を持ち帰っていた酒造家に、足利郡小俣村の大橋平蔵がいた。
明治初期にはまだ酒ビンは流通していないので、竹筒などの木製水筒か大徳利に入れて持ち帰ったのだろう。
足利市小俣町の冨士嶽神社にある(二代目)寶山傳行の登山三十三度碑に大橋平蔵氏について以下の記述がある。
「(明治)十六年補教導職当村講中有大橋氏以醸酒為業篤仰神徳毎歳登山不懈拝受岳頂金銀明水以為醸造之源種自是醸法漸食家業年榮氏深感神恩」
酒の神様を祀る神社から霊水を持ち帰り、醸造するときの水に混ぜるというのは、京都の松尾大社の境内に引き込まれている湧水「亀の井」が有名。こちらの御祭神の大山咋神は、山の神様。
山の神は田の神(豊穣の神)になるという話が各地にあるので、良い山・水・作物=良いお酒を連想する。
大橋平蔵も富士講の世話人として富士山に登拝し、山頂の湧水「金銀明水」を醸造酒の源としていた。25mプールにコップ一杯に満たないくらいの霊水なんて話になるのかも知れない。
火口の対面側にある銀明水の泉から水をもらうには、お鉢回りをしなければならず、毎年欠かさずに行うのは大変だったことだろう。
そんな小俣の酒造業者も廃業して、酒蔵も現存しない。
神社のありようも時代と共に変化してゆく。
木花開耶姫とお酒に関係する神社で、面白いと感じた二社をご紹介。
山梨県笛吹市の「甲斐國一宮 浅間神社」では、地元のワイナリーなどから奉納されたワインを詰めた御守り「葡萄酒守」が授与される。県外からの参拝客には御神酒も日本酒ではなくワインがふるまわれるという。
鹿児島県南さつま市の「竹屋神社」は、2018年9月9日に焼酎神を奉斎する式典を執り行い「焼酎神社 竹屋神社」と称する。
「鹿児島県の竹屋」からは「日本書紀」の神話を連想する。
この神社では木花開耶姫の火中出産を蒸留とみなし、生まれてきた三柱を、焼酎の(初留・中留・後留)神とする。
東宮に火須勢理命(火進命)西宮に火照命(火明命)をお祀りしている。神話の解釈が本格焼酎の産地ならでは。
極端にいえば生命にとって重要なのは水であり、その源は山だよね。海だよねっていうと大山祇命が酒解神で納得。
富士山山頂で湧く泉は琵琶湖の水だともいわれる。琵琶湖の水質改善に期待したい。